・つくし ― 2024/04/18 12:04
・ヒルズ ― 2024/04/18 10:49
・老々介護 ― 2024/04/16 09:54
老々介護
・焼き鳥屋 ― 2024/03/30 09:40
時代が変わって・・・
先般、どうしても東京に行かなければならない用事が発生した。
夜の食事で東京の友人がご馳走してくれると言ったので遠慮なく従った。今日は「焼き鳥」にするという。まあ~ご馳走になるのだから贅沢は言えないかとひそかに思った。
タクシーで行くと豪華な店先で止まった。
屋台の食べ物だった焼き鳥が、今では高級レストランで味わうことができるようになったのだという。
六本木の【鳥長】で修行、世界を感じたパリでの経験、日本の文化でもあるYAKITORIをいち早く世界に広めた一人、中目黒に【鳥よし】をオープン。その後、西麻布や銀座に出店。4店のオーナーとなる。
そこで修業した【鳥しき】のオーナーは、大学卒業後、人材派遣会社の営業、仕事が休みの日は焼鳥屋さんを食べ歩くなかで、中目黒の名店【鳥よし】で衝撃を受け、門を叩く。7年間の修業を経て、2007年に【鳥しき】開店。2011年のミシュラン1つ星獲得以降、現在まで星を維持し続けている。
そしてさらに独立した焼き鳥【黒崎】が白金台で開業。7席ほどの店内は、2カ月先まで予約で埋まっているほどで全て貸し切り。値段も一人16,000円。飲み物は別。
・感動の世界 地下教会 ― 2024/02/09 10:33
アフリカにおいて最大の宗教はイスラム教、その割合はアフリカ全人口の50%。一方、キリスト教は第二位、その割合は38%。
昔から二大宗教での攻防が続いてきた。特に代表されるのはスペインなどのイベリア半島でのレコンキスタ(再征服)である。
エチオピアは、4世紀にキリスト教が伝来して以降、周囲をイスラム諸国に囲まれながらも、アフリカにおいて当時は唯一のキリスト教国。
エチオピア:ラリベラの岩窟教
会群 何と地下に11ものキリス
ト教会。
それらは手で23年かけて彫り上
げられた。
11か所の教会が地下に造られた
標高2600mの高地にあるラリベラは人口17,000の小さな町。
ラリベラの教会群はヨルダン川を境に第1グループ(6つの教会)と第2グループ(5つの教会)の大きく2つに分かれている。
ヨルダン川は本家のイスラエルとヨルダンに流れる「ヨルダン川」にちなんで名づけられている。川というより頼りない細い川ともいえる。
エチオピア正教会のキリスト教徒が全国各地から一生に一度の巡礼に訪れる。
ラリベラの人口は2万人以下。しかし、1月初旬の「ゲンナ」と呼ばれるエチオピア暦のクリスマスになると、その人口は5倍に膨れあがる。神を求める巡礼のために来た人々だ。イスラムではないが「神は偉大なり」か!
イスラム教国に囲まれたエチオピアのキリスト教信者は、異教徒の襲撃を避けるために、このような教会を造ったという。ラリベラはエチオピアのキリスト教にとって崇高な場所であり、現在も巡礼と信仰の場として崇められている。
何と11棟の教会が硬い岩をくりぬいて手で山肌に彫り上げられた。完工には23年を要した。遠くから見ることはほとんど不可能で、北方から侵攻してくるイスラム教徒から隠れて礼拝する安全地帯をキリスト教徒に提供した。
巡礼の人々はとても貧しく非常につつましい。お金を工面できた人は一生に1度の巡礼の望みを果たそうと、この場所にやって来る。エチオピアのさまざまな場所からやって来るが、食料以外ほぼ何も持たずに徒歩で訪れる人も多いという。
日が落ちると、数千本のろうそくに灯をともして礼拝が続く。「この世にめったにないほど非常に美しく詩的な光景で、ロマンチックでさえある」という。
巡礼者らは夜になると、ろうそくの光や星明かりを頼りに集団で祈る。大半の人はそのまま夜明けまで祈り続ける。
エチオピアとは!
1.アベベ・ビキラ のマラソン2大会金メダルなど、陸上に強い国。
2.コーヒーの樹、発症の国。
3.青ナイル源流の国。
4.地下に教会群がある国。
5.ソロモンとシバの女王の伝説。
6.人類最初の二足歩行ルーシー。
アベベ・ビキラ
有名な巡礼地
・感動の世界 マッターホルン ― 2024/02/02 16:02
マッターホルンのお膝元にある有名な観光地、人口6,000人ほどの山岳リゾート、ツェルマット。 今では年間およそ200万人もの観光客が訪れている。
マッターホルンは、アルプス山脈に属する標高4,478mの山。
マッターホルンという名称は、ドイツ語で牧草地を表す「matt」と、山頂を表す「horn」に由来している。
マッターホルンの切り立った北壁は、アイガーおよびグランド・ジョラスと合わせ三大北壁と呼ばれる。
1865年、エドワード・ウィンパーらで初めて登頂に成功した。
マッターホルンは技術が必要であるものの熟練登山家にとってそれほど難くないとされている。
部分的に補助用ロープが張られている部分さえある。しかし未熟な登山者による岩場からの滑落や遭難などで、年間何人かの登山者が命を落としている。
ヘルンリヒュッテ
標高3260mに建つ定員170名の山小屋。何度も建て替えられて、トイレとシャワーが各階に設けられた。
ソルベイ避難小屋 4,003m
マッターホルン登山は時間との勝負
夜明けから登りだし、雪が融けないうちの午前中に下山する。
頂上に立つ登山者
・感動の世界 パキスタン ― 2024/01/30 14:42
パキスタンは大変面白い国!
1.デコトラ
2.ワガ国境
3.乞食とワイロ
とりわけ、以上の3つがパキスタン観光で面白く興味深い。装飾に3カ月、1台100万円の費用が掛かるという。
1人当たりの国民総所得が日本円で15万円ほどの決して裕福とは言えない国だから、運転手やオーナーの熱の入れようがうかがえる。
たくさん装飾するほどに魔除けのような効果があると信じている。無地の車は珍しい。
非常にユニークな国である。
最初に度肝を抜かれたのは、デコ・トラとデコ・バスのド派手な装飾である。決して裕福とはいえない国民ながら、車の装飾には徹底している。そのようにしないと肩身が狭いらしい。
日本のトラック野郎、菅原文太がパキスタンの国中にいるかのよう。
車のホィールはもちろん、運転手席も天井まで装飾されている。
パキスタン観光の毎日、行き交うバスやトラックが殆ど9割、デコトラ、デコバスで、景色よりこれらを見ている方が楽しかった。
いやあ~楽しい国だ。面白い国だ。
ワガは、インドとパキスタンとの間の陸路国境で唯一開かれている検問所であり、インドのアムリトサルとパキスタンのラホールとの間にある。
ワガの国境は、よく「アジアのベルリンの壁」と呼ばれ、毎日夕刻になると「我が国旗の降納」と呼ばれる儀礼が行われるインド・パキスタン国境の一部分である。
儀礼時には、インドの国境治安部隊と、パキスタンのパキスタン・レンジャーの兵士による、力強くスリリングなパレードが行われる。
儀礼は攻撃的で、よそ者から見れば敵対的とすら映るが、国境の両側に観客席を設けて、集まってくる群衆に見せるためのエンターテイメントである。
両国の兵士らは色鮮やかなターバンと制服を身にまとい、痛快なショーを披露する。
両国の係員は、普段は日常的に発生する問題の処理のために、相手国の事務所を訪れることは普通に行われている。
長年にわたって、この国境で起こってきた出来事の数々は、インド・パキスタン関係を象徴するバロメーターであり続けている。
3.乞食とワイロ
仏教国では托鉢、イスラム圏では物乞い。乞食ともいえよう。
パキスタンでは、およそ12パーセントの人々が乞食であるというのが現状。 イスラム世界では裕福な人が貧困の人に施しをするのは決まりらしいが、ここパキスタンでは貧しくなくとも物乞いをする人が多いと言う。
取り締まる警官は彼らからそれぞれ賄賂を受け取るらしい。複雑な組織である。
ここが特等席
イスラムの宗教施設の通路の階段では施設に近い階段の一番上が好位置。「施し」が多いそうで、そこは乞食の親分の定位置という。ちなみにこの親分は乞食ではなく周辺の顔役であると言う。
飢餓人口が多い国ランキング
国 |
飢餓人口(2020~2022年の平均人数) |
|
1 |
インド |
233,900,000 |
2 |
パキスタン |
42,800,000 |
3 |
ナイジェリア |
34,000,000 |
4 |
コンゴ民主共和国 |
33,800,000 |
・感動の世界 天国への階段 ― 2024/01/24 09:25
バナウエ棚田は、フィリピン・ルソン島北部、コルディリェーラ山脈の標高1000~2000mの斜面に、2万kmにわたって棚田が続いている。この風景を生んだ耕作技術は、少数民族イフガオ族の間で2000年前から口承されてきたものだ。世界から観光客が訪れる。
田植えの多い時期は、2月・8月、高所なので二毛作。フィリピンの平地は4~5毛作。
バナウエ周辺のコルディリェーラ山脈の急斜面に沿って、「天国への階段」とも呼ばれる壮大な景観が広がる。 コルディリェーラの棚田群は、総面積2万ヘクタールと世界最大規模。 棚田のあぜをつなぎ合わせると2万㎞、地球を半周するほどの長さになるといわれている。
棚田の高低差は1500mあり、1月の田植えから3月にかけて、鮮やかな緑色へと景観の変化が楽しめる。
・感動の世界 アマゾン川 ― 2024/01/22 09:28
アマゾンの川
三色の川と特徴
白い川
ソリモンエス川は薄い黄褐色の水を流しており、その特徴 から「白い川」と呼ばれる。
岩石の崩壊で風化物質を微細に砕き、水の色を白くする。
黒い川
ネグロ川の「ネグロ」は黒を指し、多雨も相まって枯れた植物が多く水に沈んだ状態にある。これが分解し、有機物の粒子が水に溶け込んで色を黒くする。
黒い川の水は有機酸の作用で酸性となり、栄養塩類も少な い。このため別名「飢餓の川」とも呼ばれる。
緑の川
アマゾン本流は、澄んだ水を湛え、青みがかった緑色に見え
る事からこれらは「緑の川」と呼ばれる。
合流点
ソリモンエス川とネグロ川が合わさる都市マナウスでは、並行する白と黒の水がなかなか混ざり合わずに10km程度まで流れてゆく景色を楽しめる観光地となっている。
・アマゾン川が流れるアマゾン平野は約4億年前に形成されていた。
・19世紀末から20世紀初頭にかけては天然ゴムのブームによってアマゾン川は一躍脚光を浴びるようになり、マナウスやイキトスなどは繁栄期を迎えた。
世界の長い川ランキング
1位|ナイル川(6,695km)
2位|アマゾン川(6,516km)
3位|長江(6,380km)
アマゾン川はとにかく大きく、スケー
ルが違う。どこへ行っても圧倒され
た。地球規模であった。 終わり
・感動の世界 アンデス山脈 ― 2024/01/16 15:11
四方の特徴を見てみよう。
アタカマ砂漠
アタカマ砂漠はチリのアンデス山脈と太平洋の間にある砂漠である。全体の平均標高は約2,000mにも達し、その過酷さからアタカマ砂漠への道は「死への道」と恐れられた。
東西の幅は平均160kmに満たない一方、南北の広がりは1000kmあり長大な盆地状をなす。アンデス山脈と海岸の山地によって湿った空気が遮断されているため世界でも最も乾燥した砂漠であり、40年間まったく雨が降らなかった地域もある。不毛で岩塩や石灰の堆積層で覆われている所が多く銅、銀、ニッケル、リチウムなどの資源に富んでいる。天然の硝酸ナトリウム(チリ硝石)の産出は世界最大であり、1940年代初期まで大規模に採掘されていた。
アンデス山脈
世界で最も長い山脈。南北7500km(日本列島は3000km)。
最高峰はアコンカグア(6960m)で、6000 mを越える高峰が20座以上そびえ立っている。
海洋プレートの沈み込み帯の上側に乗った大陸プレートが、海洋プレートからの圧力を受けて隆起してできたと考えられている。
この構造は日本列島とよく似ており、沖合には沈み込み帯に由来する海溝が存在し、山脈上にはたくさんの火山が噴出し、海溝周辺では度々チリ地震などの大きな地震が起きている。
世界で最も長い山脈
アンデス山脈は世界の8つの植物栽培化の起源地域の一つであり、
ジャガイモ、トマト、ナッツ、ラッカセイ、カボチャ、インゲンマメ、ライマメ、トウガラシ。そのほかタバコ、トウモロコシも原産地である。
パタゴニア地方
1年の大半が冬という寒冷気候。一年中強風が吹き荒れている。
アンデス山脈を境にチリ側は、氷河期時代に形成された氷河が造成した、大規模なフィヨルドが広がる。
日本の鮭はチリからの輸入物、
国産はわずか25%!
鮭・・・日本人が毎日朝食べている鮭は
何とチリ産輸入品が74%。
日本人に一番人気な魚は「サケ」(60.0%)が最も高く、次いで、「マグロ」(53.7%)、「サンマ」(48.9%)、「サバ」(46.2%)、「ブリ」(44.4%)という順位。
では、
鮭の国産比率は全体の25%にとどまり、 大部分を輸入が占める状況。
輸入相手国・地域は、サケ・マス類はチリ、ノルウェー等。
サケ・マスの輸入は数量ベースで、1位のチリが約74%と圧倒的で、2位のノルウェーは約13%となっている。
チリ産サーモントラウト雪どけ水が流れ込むフィヨルド内部で生育。
チリ南部のパタゴニア地方の養殖場
チリの養殖場の鮭
チリのサケ漁発展は実は日本が寄与
元々、サケは北半球にしか生息していなく、南米のチリにはサケは生息していなかった。
ここで日本やチリの漁業関係者が研究した結果、南米のチリ沖合はフンボルト海流という寒流が流れており、北海道に流れている親潮の寒流の性質と似ていることに着目した。
チリ沖合にはフンボルト海流の寒流
そして、フンボルト海流や深層海流が海底にあたることで派生する上昇海流によって、オキアミやプランクトンなどのえさが豊富にあったのである。
さらに、南米の西海岸は海岸からすぐ陸地に入るとアンデス山脈がそびえており、流れが急で水量が豊富な河川が豊富にあった。まさに北海道の地理的条件と類似しているわけである。
試行錯誤の末、そこでいけすの中で完全に管理する海面養殖で成功したのである。
チリ サーモン養殖 なぜ?
チリがサケマス養殖で成功を収めたのは養殖適地が豊富にある事や、海況・気象等の自然条件がサケマス養殖に適していることや、飼料の原料である魚粉や魚油が大量に、容易に入手できる利点がある。
これら養殖の技術は日本の漁業関係者が協力したものである。昨今温暖化で水温が上がり、イカやサンマが取れなくなった今、鮭はありがたい朝餉の一品である。
世界でサケ・マスの生産はチリが2番目
こうして日本の食卓には、毎日おいしい鮭が出てくるのである。漁業関係者やチリに感謝せねばならない。反対に戦争好きなロシア等のお陰で小麦などの食料品が手に入らなくなって,その結果日本では物価高を余儀なくされている。
太平洋
太平洋には広大な海が広がり、必然的に多くの漁業の産地でもある。日本人が好む鮭はこの地域からたくさん輸出されている。
何より太平洋に浮かぶイースター島には不思議なモアイ像が立ち並び、あたかもチリを守っているかのようである。
チリは太平洋に面している
太平洋にはチリのイースター島がある
何のために作られたか謎が残るモアイ像
西側から攻めてくる敵を監視している? かのように並んでいる。
チリワインは庶民の味方!
チリワインは世界で7番目の生産国
日本のワイン輸入は2020年、フランスを抜いてチリが首位に
値段の安いチリワインが首位になる
チリワインが美味しくて安い理由・・・
これもフンボルト海流!のお陰
エルニーニョ現象などでたびたび注目されるフンボルト海流は南極方向から北向きに流れる寒流。大気を冷却して海水が蒸発しないため、チリでは雲ができにくく、降雨が少ない。沿岸部は寒流がもたらす涼しい海風のためブドウが病気になりにくい。また、日照が豊かでも気温が上がりにくいなどブドウにとって好条件な気候となっている。チリ沿岸部に白ブドウの銘醸地帯が多いのはそのためである。
チリワインはなぜ安い?
1つは、チリがブドウの栽培に適しており、ブドウが大量に生産
できること。
2つ目に、チリワインの関税がかからないこと。
3つ目に、チリの人件費が安いため、生産にかかるコストを抑えられる。
コンチャ・イ・トロは、チリ最大のワインメーカー。
現在、チリにおいては、マイポ、マウレ、ラペル、コルチャーグア、クリコ、カサ・ブランカの5ヶ所、アルゼンチンのメンドーサの合計6ヶ所 8720ha のぶどう園を管理している。
チリ最大のワイナリー 「コンチャ・イ・トロ」
アンデスのふもとにワイナリー
チリワイン
チリワインの生産量は現在イタリア、フランス、スペインに次いで世界10位(2005年現在)。
スペインによる南米各地の植民地化にはカトリック教の宣教活動が重要であったため、宣教師たちは南米の太平洋沿岸側を南下しながら活動を行った。
そして、教会の礼拝に必要なワインを作るために。ブドウの樹もチリに持ち込まれ、これがチリの気候や土壌によくマッチし栽培が広まった。
チリのワイン作りが始まったのは。16世紀の中頃である。
転機が訪れたのは、19世紀後半、世界中のブドウをフイロキセラという害虫が襲った時のこと。
ヨーロッパの醸造家たちが難を逃れてチリに移住したため、近代的な醸造技術が伝わり、チリワインの品質向上に大きな影響を与えたのである。
また、陸の孤島と言われるチリの地形がブドウを害虫から守り、結果的にチリ独自の品種を生み出した。
全国に約500のワイナリーがあるチリ。
日本のワイン輸入量の国別シェアで、フランスなど南欧諸国を上回り首位となっている(2018年)
東にそびえるアンデス山脈、西の海岸線に沿って流れる冷たいフンボルト海流、北部のアタカマ砂漠と南のパタゴニアの氷河が天然の障害となり、ブドウを害虫から守っている。
コンチャ・イ・トロ
チリ最大のワインメーカーである。
1883 年、スペインの名門貴族コンチャ家のドン・メルチョー氏が、世界有数のワイン銘醸地ボルドーからブドウ苗をチリへ持ち込み、ブドウ栽培に最適な気候を持つマイポ・ヴァレーにブドウ畑を開拓し、コンチャ・イ・トロの基礎を築いた。
現在のコンチャ・イ・トロ社はチリの10ヴァレーに55の畑をもつだけでなく、アルゼンチンとカリフォルニアにも進出し、3カ国合わせた栽培面積は、世界第2位となる1万2000ヘクタールにのぼる。
チリは日本にとって大変有り難いパートナーの国である。鮭にすると恒常的に提供され、ワインも非常に安価に維持されている。
今夜の夕餉はスーパーに行き鮭を買ってきた。今まで生産地まで見ていなかったが、しっかりと確かめてきた。やはりチリ産であった。
そしてコンビニに行き、チリ産のコンチャ・イ・トロのフロンテラを購入してきた。
チリワイン フロンテラ
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